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東日本大震災・宮城より-1

03-18,2011

あの地震から一週間。
早いのか遅いのか、曜日の感覚すらなく過ごした。
昨晩、ようやく電気が復旧して少し落ち着いた。
なので少しずつ記録として残してみます。

当日、私はいつも通り仕事中で
3時まで提出のデザインを仕上げメール送信するところ。
そんな時、一斉に社員の携帯が鳴り響き、ほぼ同時に揺れが始まった。
だんだん大きくなる揺れに立ってられなくなり
たまらず机の下へ。びっくりして外に飛び出す女子社員も。

倒れる棚、水道管が壊れたのか
天井から勢い良く流れ出す水。
商売道具が危ないと、急いでパソコンを避難させる。
今思えば、そんな行動どうでもよかった。

とにかく子供と嫁が心配でしょうがなかったが
まずは会社に待機して指示に従った。
当然、電話もメールも使えない。
午後5時…やはりお腹に子供のいる嫁が心配で
嫁の職場(病院)まで歩いて向かった。
外は真っ暗で、少々迷ったがなんとか30分で到着。
嫁の無事を確認して一安心。

今度は子供が心配だったが帰る手段がなく悩む。
しばらくして、嫁の職場の人に迎えが来て、
利府方面に行くというので乗せてもらえることに。
道路は大渋滞でいつもは30分あれば着く道に2時間以上かかった。
夜8時半頃…何度電話しても通じなかった保育所から
息子が無事である旨の連絡がきてホッとした。

この時点で、嫁の父以外の無事が確認できた。
夜10時…息子を迎えに行き、仕事帰りの義母と合流。
実家は既に津波の影響で水に浸かってるらしく
団地に入る事すらできないという。
ますます、実家にいた義父が心配になる。

その日は、足の踏み場もなく荒れたアパートを置いて
大人3人、子供1人車の中で一夜を明かした。
まさか、ここまで大事になってるとは夢にも思わずに…。

$ゴチ80%

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